NPO法人神奈川県日本ユーラシア協会 横浜ロシア語センター

『朝』

Утро (1910)
M. ゴーリキイ М. Горький (1868-1936)
(2021年4月号掲載)

M. ゴーリキイ
M. ゴーリキイ

 「世界で一番すてきなのは、一日が生まれるのをながめること」という一文で始まる、子どものための小品です。空に最初の光が射し、夜の闇がしずかに去っていく朝の美しさがいきいきと描かれます。登場人物は擬人化されており、海は翠(みどり)の衣装をつけた宮廷の美女にたとえられて、昇っていく太陽に「世界の王さま、ごきげんよう!」と挨拶をします。石の影から飛び出してきたトカゲたちが「今日は暑くなるぞ」とおしゃべりをします。花たちは美しさを誇り、朝露に濡れた花びらはダイヤモンドのように輝きます。太陽は、人々が仕事場へ向かうのをほほ笑みながら見送ります。

 こうした「自然賛歌、生の喜び」が描かれる前半部に対し、後半部では一転して厳しい「現実」が顔をのぞかせます。

 「人々が起き出してくる―その一生を労働に捧げる人々が。この地上を美しく豊かにするために生涯を費やし、生まれてから死ぬまでずっと貧しさにあえいでいる」。さらに読者に「君たちはもっと後で、大人になってから―もちろん、もし知りたければだけれど―そのわけを知ればいい。今はただ、大きな喜びと力をくれる太陽を愛し、明るく、正しい心をもつがいい」と呼びかけます。そして「この地上のすべては我々の父、祖父、曽祖父の偉大な働きで成り立っている」「子どもたちよ、人々の労働の話は、世界で一番おもしろい物語だ」と、先人たちの労働の偉大さをたたえます。これは、この作品が書かれた時代背景とも関係があるようです。

 作者のM.ゴーリキイは、ソ連における社会主義リアリズム理論の創始者と呼ばれ、『どん底』『母』などの作品で日本でもよく知られていますが、ソ連児童文学の創始者の一人としても活躍し、教育分野にも影響力を持ちました。

 この作品は、ロシア革命前の7年前、1910年に執筆された作品です。暗夜(専制君主制)の後に新しい朝(ロシア革命)がきて、やがて起き出した人々が仕事へ向かう姿(労働者)は、ロシア革命からソ連邦成立までの未来を暗示しているかのようです。執筆当時のM.ゴーリキイの目には、革命前の圧政と貧困に苦しむ庶民の姿が映っており、厳しい現実を打破し、未来へと進んでいくための原動力が必要でした。そこで国家の未来をになう子どもたちに向けての作品を書くにあたり、「労働への鼓舞」がメッセージとして欠かせないものとなったのではないでしょうか。

(文:小林 淳子)

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