NPO法人神奈川県日本ユーラシア協会 横浜ロシア語センター

音読の勧め

横浜ロシア語センター講師 竪山 洋子

 ロシア語を教えていて、どうやったら、留学もせずに母語で暮らしている環境でロシア語を話せるようになってもらえるだろう?と試行錯誤をしていた時に、英語の神様と呼ばれた国広正雄さんが唱えた「只菅朗読(しかんろうどく)」という本を読んだ。
 中学生くらいの教科書でいいから、ただひたすらに読むことで、必ず耳に英語がちゃんと聞こえてくるということを知った。
 とにかく、読んで聞くということで脳の言語野を活性化させるということを脳科学者も言っているのを講演で知るにいたり、音読することでどんな効果をもたらすのかを研究してみたいと思い、講座で教えている方、あるいは、元受講者の方にボランティアで実験に協力してもらった。

 2020年9月2日、9月6日にボランティアに集まっていただき、全くの初見で読んだ文章を繰り返し音読することによって、内容を理解しての朗読に反映させられるかどうかを検証した。

参加者:20代=2人、30代=3人、40代=3人、50代=3人
学習歴:10年~20年
実験素材:帝政時代のロシア弁護士プレバーコの伝説的弁論エピソード(150ワード)

被験者1 大学のロシア語学科卒 ブランク 最近5年の学習歴
15回音読、キーワードの訳語は伝えているが、和訳なし。
初見の音読は、ややぎこちなく、アクセントの間違いが数か所見られる。
15回の音読後は、かなり流暢に音読ができている。意味もよく理解していると思われる。
要約は、やや冗長ながら、要点を抑えることに成功しているが、左右を激しく見上げる癖は言葉を必死に探していることを伺わせる。
被験者2 長期の留学経験・ロシアの駐在経験がある
15回音読 キーワードの訳語は伝えているが、和訳なし。
初見音読では、アクセントの間違い、発音のぎこちなさが目立つ。
15回の音読後は、多少発音の乱れはあるが、かなりのスピードを出すことができ、音読自体が安定している。意味はよく把握できているようである。
要約は、冗長に過ぎ、説明が長い、要点を抑えることができていないが、内容は正確に把握できている。立て板に水の話し方にはならず、つっかえたり、言い淀みがあり、ロシア語を話す際に頭の中で作文をしていることが伺える。
被験者3 長期の留学・滞在経験がある。学習歴は長い
30回音読、キーワードの訳語は伝えているが、和訳なし。
初見の際は、つっかりは少ないが、アクセントの間違いが多い(知らない単語が多いことを示す)。
30回の音読後は、非常に流暢に音読ができている。アクセントも発音も向上していることが伺える。
要約は、インストラクションに従い完璧な要約をしている。考えて話すときに多少の文法間違いがあるが、自然な考えの発信ができていることが伺える。
被験者4 学習歴が長い
30回音読、キーワードの訳語は伝えているが、和訳なし。
初見の音読はかなりたどたどしさがある。アクセント間違いも多く、文章の意味を捉えられていない。
30回音読後は、見違えるように、流暢であり、メリハリのある音読になっている。スピードもあがり、意味を理解して読めていることがうかがえる。苦手という発音も他の人に遜色がない美しい発音ができている。
要約は、要点をきちんと伝えられているが、本人は自信がない。文章としての意味は分かっているがこの文章が伝えることのメインメッセージに対して確信を掴めていない。
被験者5 大学のロシア語学科卒業 学習歴が浅い
30回音読、対訳のついた文章を渡す。
初見音読はかなりたどたどしい。アクセントの間違いが多く、意味の切れ目や、塊りが意識されていない。発音がしにくそうな発話をしており、まだ、口周りのロシア語発話筋肉が発達していない印象をうける。
30回音読後は、意味の流れ、塊り、切れ目は意識されており、流暢さが発現している。発音も格段によくなっており、やはり繰り返しの効果が現れている。
要約はたどたどしく、意味は和訳も渡しているのでわかっていると思うが、表現に苦しんでいる。
被験者6 大学のロシア語学科卒業 ブランク ここ10年程の学習歴
30回音読、対訳のついた文章を渡す。
初見音読は黙読のあとではあるが、たどたどしく、アクセントに間違いが多い。
30回音読後は、かなり良くなり、速さを出すことはできていないが、滑らかに読めるようになっている。
要約は、内容は理解しているはずであるが、表現に苦しんでいる様子。しかし、端的には纏めている。
被験者7 専門教育後のロシア語圏の長期滞在経験 途切れずに学習しつづけている。
30回音読、対訳のついた文章を渡す。
初見音読は、アクセント間違いがあまりなく勘がかなり働くようである。しかし、意味がわかっているわけではないようで、意味の塊りを把握しての読みではなく、かなりゆっくりの安全運転をしている。
30回の読了にはかなり時間がかかっていたが、意味の流れをとらえ、アクセント、イントネーションは完璧になっていた。非常に聴きやすい美しい発音が最初からできている。
要約は、かなり冗長であり、核心を掴んでいない。しかし、かなりの表現力があり、よく読みこんだことで本文からの表現も良く使えている。しかし、想像を働かせる不思議な解釈があり、通訳としての越権行為をしないように注意されたし。
被験者8 学習歴は長い
30回音読、キーワードの訳語は伝えているが、和訳なし。
初見音読時は、アクセントの間違いが見られるが、単語は初出ではない慣れが伺える。初出単語には弱く、上手く口を回らせられていない。
音読したあとは、見違えるほどの流暢さであった。30回をこなすのに時間がかかっていたが、正確なアクセントとイントネーション、区切りを身に着けて、発音さえも相当に上手さを感じさせるまったく違う「朗読に昇華」していた。
要約は、文脈を捉えきれていないことが伺える。頓智の利いた文章の帰結を、理解できていない。30回読む間に、意味を意識していない可能性があり、音読を繰り返す間、音にだけ集中したのかと思わせる。何度も読むことで意味が自然と理解できるようになっていないとしたら、これを意識してしなくてはいけないと思う。
被験者9 専門学科での学習、滞在歴はかなり長い
20回音読、キーワードの訳語は伝えているが、和訳なし。
初見時は、多くの初出単語があることを伺わせる。うまく発音をさばけていない。アクセント間違いも散見される。
20回の音読後は相当に流暢さを得ている。アクセント、イントネーションも非常によくなっているのがわかり、よく内容が頭に入ったことが伺える。
要約では、独特の解釈をするものの、文脈理解はできている。簡潔に纏めることができず繰り返しなどが多い冗長さはあるものの、考えを正確に伝えることには成功している。
被験者10 大人になってからの学習歴であるが、ロシア滞在歴ももっている。
20回の音読 キーワードの訳語は伝えているが、和訳なし。
初見時はうまくさばけない単語、アクセントも間違いがある。
20回の音読後は、かなり流暢にはなっているが、依然としてアクセントの間違いが直らないままの単語が多少見受けられた。
要約は、かなり短く、要点のみを伝えることに成功している。
被験者11 専門学科で学習 長いブランク 最近5年ほどの集中的学習
20回の音読、対訳版を読了。
初見時は、ほとんどの単語に馴染みがなかったことを伺わせる、どこにアクセントを置いていいのかわからないからなのか、終始一本調子になっている。
20回読了するのに、相当な苦労をしている。なんとか、アクセントをつけているが、意味が分かっているように読了することは難しかったようである。

 結論:音読を繰り返すことで、発話の流麗さと内容理解を深めることができる。

 上記の結果を分析すると、かなり文章の難易度が高いものを初見で音読する場合、まず、スラスラと読める人は少ない。しかし、かなりの慣れのある上級者には、アクセントの間違いが少ないことがわかる。一部の才能の持ち主と、経験が多い者は、知らない単語であっても、推測力が働くということもわかる。

 初見でアクセントを間違えるということが示すのは、アクティブボキャブラリーに持っていない単語であるということであり、もしかすると初出であり、パッシブボキャブラリーでさえないということも言えなくない。(多読が必要であり、リスニングに取り組むことも必要であると思われる)。
 読了を繰り返すという行為の後には、例外なく、流暢さが発現し、意味が理解できて、伝わるような読み方ができるようになる。が、その度合いは、経験年数や、もともとの語学力に大きく関わるということが見て取れる。もともとよくロシア語を発話することの多い人は、流暢さの度合いは相当に高くなるが、語学力、経験年数の浅い人はその度合いは飛躍的に高くなることはないが、その度合いを無視すれば、30回の繰り返しによって例外なく初見と比べ、美しい読み方ができるようになる事は証明されたと言ってよい。回数に関して言うと、同じ語学力で比較できていないが、やはり15回・20回よりは30回に効果を認める。

 理解力と言う点においては、語学力の差が顕著に現れる。学習歴の浅い人は読み込むことによって理解を深める度合いは低いが、学習歴が長い、あるいは語学力が高い人は、相当によく理解をできることがわかる。しかし、詳細までは深く理解が及ばない場合でも、20回、30回と読むことによって、知らない単語がかなりあったとしても大意を掴むことにはほとんどの人が成功している。繰り返し読むことによって、読解力の向上にも貢献するという期待が膨らむ。

 要約をしてもらうことでわかったことは、ほとんどの人が端的に纏めることが苦手であるということである。これにより、メインメッセージと枝葉末節をたてわける習慣がないということが見て取れる。聞いたことは全て大事であると考え、何が一番伝えたいメッセージであり、その主要メッセージを説明するためのエピソードであるという文章ロジックを読み取る習慣がない可能性をうかがわせる。話のプロットを自分自身で立てる練習によって改善を期待できる。

 要約ができるということは、私の推測では、脳内変換を起こせているかにかかっている。自分の表現はできず、本文からしかとってこれない場合、脳内変換を起こすまでに至っていない可能性がある。(つまり、言葉としてはわかるが、それがストーリーとして脳内に映像化しない)もし、これが原因であれば、脳内変換が起こるまで、音読をくりかえし行うことでストリーが自分のものになると思われる。30回ではまだまだ足りず、100回ほどの繰り返しによって脳内変換が起こる可能性を推測する。

 メッセージの取違いをする場合もあるが、それは背景知識不足が疑われる。言葉の表面上の意味しか取れないとメッセージを読み間違えるので、よく時代背景、業界知識、人物理解が必要である。この実験の場合は、プレバーコという弁護士に関する知識が全くなかったことによるメッセージの取違が多少見られた。

 内容を自分の言葉で端的に伝えることができるということは、内容の把握力(読解力)に加えてロシア語へのアウトプット力が必要である。これはダイレクトに語学力の差が出る。
 ロシア語の表現力に乏しいことで、言いたいことはあるが、表現できない。この場合、インプットとして音読を繰り返し、言い換え(パラフレーズ)を練習することで、初めて知った語彙をわかるだけのパッシブボキャブラリーから使えるアクティブボキャブラリーに転換していく努力が必要ではないだろうか。

 今回の音読検証は、たった1時間の間で、150ワード、約1分くらいの音読を、30回ほど繰り返しただけなので、まだまだ、正確な検証とは言えないが、短時間でも、発話の流麗さと理解を深めることができるということはわかった。

 地道ではあるが、自分の関心を刺激する比較的短めの文章を何度も読み、流暢さを手に入れる。速読に挑戦することで飽きやすい音読を楽しく続けられる。
 覚えるほどに繰り返したら、見ないで暗唱してみてもいい。そして、日本語へ訳してみることも、なんとなく分かったでなく、正確に理解することを促せるだろう。
 しかしその際、サイトトランスレーションをし、頭ごなしに、つまり語順通りに訳して、出てくる順番で理解できるように習慣づけたほうが良い。

 ディクテーションをすることは、ヒアリング力をあげ、また、コロケーションを覚えることにも寄与するはずである。ふんわりと聞いていて語尾にあまり注意を向けられていない場合には、ディクテーションをして書き取ることで自分の理解の浅さを認識し、注意力をもって聞く癖ができると思われる。

 そして、言い換えていく練習をすることで、アウトプット力の向上を図れる。
 要約は、中心となるメッセージを捉える力をつけるものであり、通訳者を目指す人は、必須の練習である。

 一日では、結果は得られない。1週間、1か月、3か月、1年と積み重ねることで、必ず、語彙力の向上、リスニング力、発音の改善、読解力が向上すると確信する。

 音読をお勧めする。

 経験の浅い人には、耳が喜ぶロシア語のステップ2か3から
 経験が割とある人には、名スピーチに学ぶロシア語
 さらに上を目指す人には、ニュース素材(それも毎日更新される新しいもの)もよい。ロシア大統領や外務大臣のスピーチが公式サイトにあるので、長すぎないものをチョイスし繰り返し読むとよい。

 通訳者としてプロフェッショナルを目指す人は、専門的分野を2~3選び、なんらかの記事・論文を繰り返し読むことが推奨される。

 皆さんが音読で幸せになりますように。