NPO法人神奈川県日本ユーラシア協会 横浜ロシア語センター

『フロル王子の物語』

Сказка о Царевиче Хлоре
エカテリーナ二世 Екатерина II (1729-1796)
(2020年7月号掲載)

エカテリーナ二世
エカテリーナ二世

 エカテリーナ二世(在位1762-1796)はフランス啓蒙思想の影響を受けた賢帝としてロシアの大国化を進めたいっぽう、農奴制をさらに強化した専制君主でもありました。江戸時代にロシアに漂流した大黒屋光太夫が謁見を許されたことから、日本でもよく知られています。今回ご紹介する『フロル王子の物語』は、女帝エカテリーナが孫のアレクサンドルとコンスタンチンのために書いた童話です。

 「賢い」と評判の主人公フロル王子をキルギス汗(汗:ハーン=君主)がさらい、キルギス汗は王子の賢さを試すために「三日三晩のうちに『棘のないバラ』を探し出せ」と命じます。「棘のないバラ」のある場所を知っているキルギス汗の娘フェリーツァは、王子に同行しようとしますが父に止められてしまいます。しかしフェリーツァが助言を与え、さらにその息子ラスードク(「理性」という意味)が道案内役となることで、王子はついに「棘のないバラ」を手に入れ、満足したキルギス汗は王子を父母のもとへ帰してくれました。

 この物語のフェリーツァは賢明な女性で、作者のエカテリーナ二世自身を彷彿とさせます。物語の終盤で「棘のないバラ」とはすなわち「人間の美徳」を示す事がわかるのですが、そこへ到達するには曲がった道ではなく、まっすぐで苦難に満ちた道を通らなくてはなりません。フェリーツァがフロル王子に示したのもまた、誘惑に負けないよう自らを律する厳しい道程でした。またフェリーツァは「これまでに棘のないバラを見つけた者はいたのか」と問う王子に「町人やお百姓でも、王や王妃同様に立派に見つけ出した者がいます」と答え、エカテリーナ二世の公明さをうかがわせてもいます。

 『フロル王子の物語』は、中盤までの描写の丁寧さに比べて、終盤は余韻がないままあっけなく終わっており、「児童文学」作品としての価値にはやや疑問が残りますが、啓蒙君主の女帝の書いた童話として、一読の価値があるといえます。

(文:小林 淳子)

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